某mac系MLで - と書くとその筋の方々にはモロバレだろうけれども -
Human Interface Guidelines の復刊の話から引き続いて、小学校のMAC、というかコンピュータの扱いの話になり。
小学生はパソコンなんて必要ないと思いますよ。そんなものをいじる暇があれば、自然の観察をするほうが、ずっと役に立つと思います。パソコンだって、英語だって、早くすればいいというものじゃなくて、適切な時期に、正しい方法で、将来に繋がる具体的は方法論を持っていないと、ほぼ無駄になると思います。なんて話に。
なんというか「パソコン」と「自然」を排他的な物としてとらえている時点でどうなのかなと思うのだけれど。パソコン触るコトと他のコトが時間的にとても両立しない、というのがそもそも不思議な発想。ときどきFF中毒でそういう子どももいるにはいるけれども。
「役に立つ」っていうのがどういう意味を持っているのかわからないけれど、小学生の遊びが必ずしも役に立つ必要ないんじゃないかと。
小学生がそれぞれ趣味を持って好きなコトすればいいじゃん、というのは単純に言い過ぎか。
役に立たないことばっかりしてこんな人間になってしまったからひがんで言っているわけではないつもり。
オトナがこういう考えだと少なくともそういうオトナの影響範囲においては子供は不幸。
おもちゃを取り上げられて、「役に立つことをしなさい」という価値観を植え付けられる。
反論するならそのMLでしろ、というのが筋なのだけれど、すでに
教育論は泥沼になりますよ
っていう展開になってしまっているので書くタイミングを逃してこんなところに流れ着いたのだ。
そもそも教育論なんておおげさな事を言うつもりもないし。
どちらかと言えば遊び論。
