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2005.08.06 02:14

メディア・ビオトープ

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今更ながら、

4314009772メディア・ビオトープ―メディアの生態系をデザインする
水越 伸


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by G-Tools

を読んだ。

今更になったのは、これと一緒にamazonに注文したCDが2週間ほどで出荷のはずが、さんざん待たされたあげく

誠に申し訳ございませんが、大変残念なご報告があります。お客様のご注文内容のうち、
以下の商品については入手できないことが判明いたしました。

ってことになったのだ。チクショウ、Lu7のアルバム。

イマイチしっくり来なかった。
・「市民駆動」の強調
・スモールメディアに対する「ビオトープ」という比喩
・本をスケッチブック的に仕上げた演出
の3点がうまくできすぎてしまっているのかな。

「メディア」という手垢がべたべたと何層にもなってついた言葉と
「ビオトープ」と言う比較的新しく手垢のすくないハヤリ言葉を組み合わせたのは良いと思うのだけれど。

市民・または小規模の母体による活動によって特異点(スモールメディア/ビオトープ)が無数に作り出され、それらが連携しあう事で面を形成し、死んだ環境(メディア/自然)を復活させよう、と言う内容なのだけれど、やっぱりスモールメディアへのビオトープと言う比喩が強引なのかな。

結局、大きな循環システムの一部として、という意味でのビオトープという表現は理解できるのだが、その内部構造は全く異なったものである。(株分け、種子飛散のたとえはうまくはまっていたが。)
内部で起こる生存競争や食物連鎖、大きく言えば"進化"・"淘汰"といったライフサイクルなどのシステムメディア・ビオトープにうまく対応していない。

ビオトープはひとつのきっかけとして場を作り、あとは(もちろん手入にせよ)あまり手をかけずに自然の治癒力に期待しておいておくもの、という理解なのだけれど、メディア・ビオトープはそうでもないようだ。「メディア実践・メディアリテラシ・メディア遊び」を積極的に行って維持、発展をさせていかなければならない。ビオトープの生き物たちはこれがビオトープで、だからがんばって成長・繁殖しなきゃ、なんて思ってないんじゃないか、と。
元生き物大好き少年にはこういう部分こそ、楽しく表現してもらいたかった。

1度読んだだけじゃ理解足りてないのかな。
少し時間をおいてもう一度読んでみます。

ハヤリっぽく行くのであればスモールメディアのスモールワールド、みたいな感じでスモールメディア間のネットワーキングに注目して書いてあるとおもしろいのに。えっと、つまりランダムネットワーク間でをアクティビティやアイデアが行き交うことで俊敏かつ強固な主体が形成されるんです、的に。
なんて、勝手なことを言いつつ。

そこで、実践やワークショップの過程自体を目で見え、操作出来るようにする仕組みが重要になってくる。たとえば、グループワークで飛び散る会話をディスプレイ上のアイコンに置き換えて表示し、参加している人々が視覚的に確認しながら議論を進める。複雑な実践を共同で進める際に、言葉を交わすだけではなく、メンバーが粘土や付箋、ブロックなどを使って模型のような造形物を作り、それをめぐって状況認識を共有する。大勢が集会を開くとき、演劇的な役割やゲームのようなルールを導入して、その場の状況をわかりやすくみせるとともに、対話をおもしろく促す。こうした仕組みのデザイン、つまりコミュニケーションを促すためのデザインを導入してみると、言語化できない事柄を無理矢理言語化することなく操作可能にして、場を活性させていく事がでじきる。 (P.187)
という部分が、一番の収穫。本筋からずれたところで申し訳ない。   
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