iPadを見て貰いながら話していると、iPadがケータイ(iPhone)とPCの間に位置付けられることは大方共有されているようだ。
そのなかで、比較的ケータイ寄りに見る見方とPC寄りに見る見方があっておもしろい。
googlemapにカーナビの可能性を感じる人
テレビを感じる人
外出時のノートの置き換えを感じる人
bmは(iPhoneである程度改心したが)もとよりケータイそれほど好きではなくPCのほうが好きなのでやっぱりPC寄りに考えてしまう。
しかし出先で使う場合、取り出してすぐ使えるという流れがPCでなくてケータイだ、と思った。
電車やカフェなどでPCを開くことにあまり躊躇を感じない方だが、ノートPCを開くという2秒でできる1動作がrelaxからtensionへどれほど気持ちを切り替えているかに今日気がついた。
ケースから出してホームボタンに押してすぐに本を読む、メールを読む、twitterのTLを見る、という動作はそれまでのrelaxの雰囲気のまま続けられる。(周りから見た雰囲気はどうなっているか分からないけれど。)
これは、ケータイだ。
アプリ開発やさんの立場で言うと、PCのアプリがSuite、ケータイアプリがtoolと考えられる。
toolを作っていたのがいきなりSuiteになったのでハードルがぐんと上がった。
ネタもUIもアイデア一発では物足りなくて、しっかりと吟味して作る必要が出てきた。
ケータイよりは使用するシチュエーションが限られるし、どこで、どんな気分で使うのものなのか、余裕のできたCPUパワーをどう割り振るかをより突き詰めて考えなければ。
だからこそ、レッドオーシャンで$1アプリが乱造されるiPhoneアプリ市場にくらべてiPadアプリには(いまのところ)かなり高めの価格設定ができているんだろう。
実際はどうなるか分からないけれど、アプリを起動してから終了するまでの時間が長くなることが予想されるので、メモリリークなどにもより慎重に対処しないと。(当然。)
